見えている自分と見えてない自分のギャップと不登校
こんばんは。
不登校児の経験カウンセラー山田久美です。
三連休の中日ですが皆さまはどのようにお過ごしですか?
私は孫が8月に誕生したのですが、子守りを任されてずっと抱っこをしていて腰が痛いです・・^^
それでも今日は時間の合間をぬって次女とスタバへお茶を飲みながらまったりと。
写真上が見事に切れてしまいましたが、ハロウィン仕様のドリンク!
中学3年生の次女は隣で試験勉強中。
次女が勉強をしている姿なんて何年振りでしょうか・・・
小学校で不登校をしてからというもの勉強に関しては自分からやるという行為が全くなくなり、「なんとかなるさ~!」という考えでしたので、私も見守っているだけにしていました。
どうして勉強しているの?と聞くと
「ん?高校行こうかなって思っているから!」
「高校へ行ってどうするの?」
「大学行こうと思っているから!」
「えっ?大学行くの?大学行ってどうするの?」
「へ?いい企業に勤めるの!」
「いい企業に勤めて何かあるの?」
「お給料いい方がいいでしょう?」
あ・・・最終的にはそこでしたか・・・
でもね、私はそれでもいいと思ってます^^
そんな根拠のないような?(笑)考えでも次女が自分でそう感じそう思ったってことに私は「そうっか、凄いね」と伝えました。
こんな会話は昨年まではしても「わかんない~」「高校行かない~」「面倒くさい~勉強」と言ってました。
小学校で不登校を経験して6年生で1度復活したものの中学2年で半年ほどまた不登校を経験。
今は完全に復活してます。
不登校中に「将来どうするの?」って言葉を投げかけていたことがあった私。
親はやっぱり将来が心配ですよね。
でもね、学校だけが全てじゃないと私自身が思っているのでどんな道に行っても次女を見守っていこうと思っていました。
不登校中には色々な顔を覗かせていた次女。
不機嫌
態度が横柄
乱暴にものを扱う
部屋の掃除をしない
お風呂に毎日入らない
教科書を破る
カバンを開けない
お便りを見せない
部屋に閉じこもる
ゲームにはまる
動くことを嫌がる
面倒くさがる
とにかくキリがないほどで態度や言葉遣いが乱暴で何かに憑りつかれたのか?っていうぐらい顔の表情も態度も別人になっていました。
思春期だとわかっていたが、今まで自分というものを出していなかった次女が崩壊した時は私もどうしていいかわからなくなる日々でした。
「私自分がわからない・・・」
そう口にしていたことが何度もありました。
本当はどうしたいの?
本当は何がしたいの?
そんな私の問いかけにも「わからない・・・」「知らない・・・」
見える部分と見えない部分のギャップに戸惑う。
でもね、両方が次女だということ。
自分には色々な部分がある。
それは子供も親もそうなんです。
色々な自分があるってことを卑下したりする必要は全くないんです。
「そうっか、私こう思っていたんだ・・・」
それでいいんですね。
そんなことを次女自身が自分で知ったのは不登校から復活した6年生の夏でした。
「あの時何をどうしたいか?なんて言われてもうるさくて聞きたくなかったよ」
見えている部分だけにフォーカスするのが親や周りの大人。
でも見えてない部分の繊細な部分を受け止めてあげるだけで自らが答えを導きだしていく。
ふとした瞬間に自分で考え気づいたら自分が殻を破ってきた。
それにはそれなりの次女の葛藤がずっとあったんだろうと感じます。
ずっと良い子を演じているのにも疲れてしまった・・・
そんな素の部分を出して見える部分と見えない部分のバランスがとれてきたんです。
それには見守りながら自分の力で導きだしていくのを手伝う。
そんなことって当たり前じゃないって思うだろうし言葉では簡単かもしれない。
聴くってことが実はとても深いってことなんです。
そして自分が不登校だった
そう認められる次女が今います。
恥ずかしいことではないんです。
「私不登校だったんです」
そう笑顔で言える次女は見えない部分が変化したです。
最後までお読み頂きまして有難うございます♪
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